多重債務が広がると、地域社会はどう変わるのか
借金、とくに多重債務の問題は、一見すると「その人自身の家計の悩み」に見えます。
しかし、同じような状況の人が地域の中で増えていくと、目に見えないかたちで地域社会そのものをじわじわと変えていきます。
まず表面化しやすいのは、地域の消費行動の変化です。
家計のやりくりが厳しくなると、人は真っ先に「削れる支出」から見直します。
外食やレジャー、習い事、ちょっとした買い物など、生活に潤いを与えていた出費が減っていきます。
その結果、商店街の売上が落ちたり、個人経営の飲食店の客足が遠のいたり、子ども向けの習い事教室の継続が難しくなったりと、地域に根ざした小さな事業者ほど影響を受けやすくなります。
ある地域では、長年続いてきた八百屋の店主が「常連さんが『また今度ね』と言ったきり、ぱったり来なくなった」と話していました。
後になって、家族が多重債務を抱え、日々の食費まで見直さざるを得ない状況だったことが分かったそうです。
こうした変化は統計には表れにくいものの、店主や近所の人たちには「なんとなく景気が悪くなった」「人の動きが減った」という感覚として積み重なっていきます。
影響は経済面だけではありません。
借金問題は、家庭の空気や人間関係にも深く食い込みます。
支払いの催促の電話や、返済日が近づく不安、家族間での言い争い―こうしたストレスが続くと、心に余裕がなくなり、近所づきあいや地域の行事から足が遠のきやすくなります。
自治会の集まりや防災訓練、子ども会の活動、学校行事など、「顔を合わせるはずだった場」に来られなくなる人が増えると、地域コミュニティのつながりは少しずつ弱まっていきます。
多重債務を抱えた人の中には、「借金のことを知られたくない」という思いから、意識的に人との接触を避ける方も少なくありません。
困っているときほど助けを求めにくく、孤立が進みやすいのが、この問題の厄介なところです。
地域社会にとっては、「困っている人が見えにくくなる」という意味でも、大きなリスクだと言えます。
さらに、地域の福祉や行政にも波及します。
返済が行き詰まり、生活費が足りなくなれば、生活困窮者向けの相談窓口に駆け込む人が増えます。
自治体によっては、多重債務に関する相談件数が増えたタイミングで、生活保護の申請や緊急的な生活支援の利用が増えた、という報告もあります。
一人ひとりの家計の問題が積み重なることで、地域全体の社会保障コストや、相談支援にかかる人的負担が増えることにつながるのです。
こうした悪循環を断ち切るためには、「問題が深刻化する前に気づき、動けるかどうか」が重要になります。
最近では、地域の信用金庫や金融機関が中心となって、弁護士会、司法書士会、社会福祉協議会、NPOなどと連携し、借金に悩む人が早い段階で相談できる体制を整えようとする動きも広がっています。
返済がまだ続けられるうちに、債務整理や家計の立て直しについて専門家に相談できれば、自己破産に至る前に選べる選択肢が増えます。
また、小中学校での金融教育や、地域の公民館での家計管理講座など、「そもそも多重債務に陥りにくい力」を育てる取り組みも増えつつあります。
借金を否定するのではなく、「どんな借入なら無理がないのか」「返済計画をどう考えるのか」といった知識を子どものうちから身につけることは、将来の地域社会を守ることにもつながります。
多重債務は、個々人の家計の問題にとどまらず、地域社会の経済活動、コミュニティのつながり、行政サービスの負担など、さまざまな領域に波紋を広げる現象です。
だからこそ、金融機関や行政だけに任せるのではなく、地域住民、学校、福祉機関、専門家が連携し、「気づき」「支え合い」「相談しやすい雰囲気」を育てていくことが求められます。
借金に悩む人が孤立せず、「地域の中で助けを求めてもいい」と感じられる環境をつくれるかどうか―それが、これからの地域社会の持続性を左右する大きなカギになっているのではないでしょうか。